トテチテ堂本舗

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(2005-06-02)

立冬。
きちんと寒さがやってきた。

というわけで朝ご飯にお粥を炊きながらテレビを見ていると、最近話題の片付けのカリスマ・近藤麻理恵さんが登場していた。電車内の広告は見ていたけれど、動くカリスマはかわええお顔。確かに今までの片付け系の達人にはいなかったタイプだね。ニュータイプ、ってガンダムかっての。

その片付けの基本に「ときめくか否か?」という選択基準があるそうな。ふんふん。
その商品を手にし、ときめくならばとっておく、ときめかないなら処分する、とのこと。

この年齢になり、日々「ときめき」が目減りして来た現在、片付けごときに使いたくないですなぁ、私のときめき。もったいない。ワンガリ・マータイさんに出て来たもらいたい。「アラフォーのときめき、そんなところに使うのMOTTAINAI!」と叫んで頂きたいが、マータイさんは亡くなってしまったんだ。
いや、もしかすると、片付けでときめきを着実に消費すると、ときめきの分泌量が増えるとかあるのか?そうするとコンマリのように可愛えくなるのかもしれんぞ。ときめきの需要と供給のバランスってやつか?

って、お粥が焦げるで我。
昨晩久しぶりのライブだったせいか、私には珍しくなかなか寝付けなかった。実質3時間睡眠の割にはシャッキリ起きられた朝ではあるが、ドフーンと降りてきた靄と意外に高い気温のせいで、体が重いように感じる。

しかも、乗った電車が遠足へ向かう小学生だらけ。甘〜いお菓子の匂いと甲高い声が不快指数をグッと上げてくる。しかも我関せず顔でおしゃべりに興じる保護者。

穏やかなはずの日曜日出勤が、不快指数メーター振り切り状態。
 私の大好きな木道具を作っていらっしゃるki-to-teさんが6周年を迎えた。
ki-to-teさんの器への気持ちは以前に書いた通りで、あり、その堅実な仕事にいつも感動してしまう。私が手に出来るものは小物だけれど、家具などにはその仕事のカッチリ感、堅牢な出来上がりが如実に表れていると思う。いつか、ええ、いつかは欲しいです、家具物。

さて、その6周年を記念して、本日直売所でライブが開かれた。ki-to-teさんの紹介で知ったミュージシャン安宅浩司さん





ki-to-teのあの木肌に温もりと、電球の丸みのある灯りの中で安宅さんのギターと唄声をいつか聴いてみたい!とずっと願っていたから、今日のこのライブの話を聴いたときは、なにがあって行くぞ!と思っていた。

不思議と安宅さんの唄を聴いていると、歌詞の世界にひたるのではなく、頭の中を自分の考えなどがゆったゆったり、と巡りだすのだ。日々のこと、これからの不安、進みあぐねていること、好きな人のことなどなど。普段だって考えないようなことが、ゆるゆると流れ出し、とろんと溢れてくるのだ。他の人の音楽ではあまりないことだ。

今日も、そんな風に自分の世界に溺れるでもなく、揺蕩う感覚で楽しませてもらった。自称雨男ならではの、雨音もちょうどいいベースラインになっていた。

ki-to-teさんと、そこからつながった人のご縁はこれまた不思議な広がりとなっている。


帰り道には、安宅さんが参加しているワールドスタンダードとビューティフルハミングバードの小池光子さんのコラボ曲「3時の子守唄」が頭の中を巡っていた。ワルスタの音楽も今度ライブで聴いてみたい。

 先日、書店関係者と珈琲業界の方と一緒にお話をさせて頂いた。というより、私は同席して横で話を聞いて、無責任なコメントをしていた、というのが正しいかな。
ネット書籍販売の影響で、個人商店的な新刊書店の行き詰まり感と、カフェ開業の厳しさなどなど、刺激的な話を聞かせてもらえた。

書店は本当に難しいと思う。正直云って、ワンクリックで早ければ翌日には自宅に本が届くシステムが出来てしまった以上、わざわざ脚を運んでもらうだけの魅力を持たなければならない。最近増えて来た駅構内などの書店は今日の新聞広告に載った本、松岡正剛がブログに紹介した本なんかを並べていれば売れるだろう。書店に長居しようなんて考えはゼロで、とにかく今日興味を持った本があれば、それをコンビニのようにポイっとレジに出して「カバーお願いね」くらいの一言で済ませたい人が寄る店だからだ。でも、それじゃあ予想以上の売り上げは絶対出ない。じゃあ、どういう書店ならいいのか?なんでもあるどでかい本屋ならいいのか?そうとも云える。でも、私が音楽に興味を持ち始めた頃、都心のヴァージンやタワーレコードなどに行って愕然としたことがある。モノがありすぎて、何を探しに来たのかすぽぽーんと忘れてしまったのだ。それよりも、当時バイトしていた書店のお隣にあった小さな新星堂の方がすぐモノが見つかるし、また当時私が興味を持っていた下北なんかのインディーズのバンドなどのCDをそこの店舗で買いそろえたり、取り寄せていたりしたら、徐々にそういったコーナーを設置してくれたり、特集を組んでくれたり、なんだか購買者の声に棚揃えで答えてくれたようで、ちょっと嬉しかった。だから、大きな店舗、なんでもありならいいってわけではないと思う。
これを買いに来たつもりなのに、アラ、これも読んでみたいな、オヤ、こんな本があるんだぁ、と思わせる棚作り。気付いたら3時間もいたわ、みたいな書店。難しいよなぁ、今の取り次ぎ制度の中では。

母の実家は、銀座の近くで文房具店を営んでいた。
母はその影響もあって「商売なんて始めたら、自分の時間は絶対に無くなるわよ」と口酸っぱくいっていた。「明日学校に行くのに、消しゴムがない。じゃあ朝買って行こう、と思っていたのに、臨時休業だの、寝坊しちゃって学校が始まる時間に開店してなかったなんてことしてご覧なさい。あっという間にその人だけじゃなくて、町中からの信頼を失って2度と来てくれなくなることもあるのよ。一個の消しゴム、一回の寝坊ややむを得ない用事がそうなるの。言い訳なんて聞いてくれないよ、お客さんは。当たり前のことだけれど」「旅行なんてあり得ない、お昼ご飯だってかっ込むようにね」当時はそんなもんかぁとしか思っていなかったけれど、確かにそうだ。
だから、最近の「イベントブーム」にちょっと疑問がある。
公園や自然の中、イベント会場などにラーメン屋が集まったり、全国のカフェが出店したり、雑貨屋さんが路上にモノを並べたりする。確かに新しい販路は生まれるだろうし、名前も売れる。その日の売り上げは驚くべきものだろう。
でもでも、その日、自分の店にひょっこりラーメンを食べに来たり、いっぱいの珈琲を飲みに行こうと思った人はどうなるんだろう。1人くらいいたと思う。もちろんブログやTwitterで休みのお知らせは載せるだろう。でも、そういう事でなく「今日、行きたかったんだ」という気持ちの持って行きどころが問題なのだ。
毎日を裏切らない。地元のお客をないがしろにしない。

まず、その基本の中で、特徴を持った書店やカフェ。簡単なようでとっても大変な話。


朝晩の冷え込みと日中の暖かさ。

昨日の夏日と今日の木枯らし。

そんな日々で、通勤通学する人の服装がてんでバラバラ、しっちゃかめっちゃかなシーズンになりました。
ダウンを着込む人、半袖の人、手袋する人、タオルで汗を拭う人。

私はまだ衣替えしてないから、ミルフィーユ構造。明日こそ、衣替えを終わらそう。

話は変わるが、福島第2原発から核分裂が起きた時にできるキセノンと云う物質が発見されたらしい。冷温停止で安定したんじゃなかったのか?
昨晩は草臥れのあまり、犬の散歩にも行かずに寝てしまったので、その穴埋めに今朝は5時に犬を起こして、まだ仄暗い表に出かける。
東の空が明るくなり始め、徐々赤みを帯びてくる。

薄墨桜の色

生姜糖の桃色

砂糖衣を纏った干し杏子

フルーツ牛乳

瞬く間に色が変わっていく。

朝焼けは天気の崩れを教えてくれると云う。
明日は雨、なんだろうか?
秋晴れの日に、こんなおいしそうなハガキが届いた。
陶芸家 水垣千悦さんの個展「千秋萬歳」。
場所は黄色い鳥器店@国立。
会期は11月3日〜13日まで。(7日は休み)
しかも、5日にはフルタヨウコさんのお料理を、水垣さんの器で頂ける企画まであるようです!

水垣さんの器はいくつか我が家にもありますが、シンプルな中にユーモアが見え隠れしたりする作品や、料理がグッと映える器だったり、とても使い勝手のよいものが多いです。昨日も、蓮の描かれた鉢に蕪の煮物をよそいました。

そんな中、ちょっと悲しいニュース。
水垣さんご本人がこの個展を最後に東京を離れ、大分へ引っ越されるとの事。
未だ福島第一原発から放出され続けている放射能が自身の作品に与える影響、そして生活そのものなどを考慮しての決断だそうです。こんな形で東京から多くの作家さん、作り手さんが居なくなって行く現実。ますます空虚で、表面つらだけの都市になっていくのだろう。どこへこの腹立たしさをぶつけたら良いのか。
どう考えても身体に良い影響は絶対あり得ない放射能が振りまかれている状況、よるべない不安とストレスから離れられる人は離れた方がいい、そう思う。作り手の方々が遠くの地で素晴らしい作品を生み出し続けてくれることを、私は東京で応援することしかできない。

いやはや、言葉がすんなり通じる人と通じない人がいる。私の言葉や表現が、と云う意味だ。

仲の良い友だちや仕事仲間はツーカーで済むことが多い。また、普段は話をしてなくても、なんの問題もなくスムーズに用件が伝わる人もいる。
しかし生活感覚や考え方、価値観が違うとこんなにも話が通じないか?と愕然とすることがある。短すぎて言わんとすることが見えない場合、表現方法がまるで違うなどなど。
一番困るのが、短く投げ掛けた問いに、内容が伝わってない回答が返ってきたので、長い説明を付与して再度送ると、明らかに全文読んでないだろ?と云う回答が戻ってきた時だ。

メールだとホントに大変だ。
私のメールは元々長いで有名だ。それが長い説明をしようってんだから、かなーり長い。読む方は大変だろう。だったら端的な表現の内にわかってほしいし、わからなきゃその点を質問をして欲しいのだが、そうはいかないらしい、そういう人種の方々は。

仕方がないので、いかに短く、理解しやすくなるように、箇条書きスタイルにしたり、俳句作りのように言葉の削ぎ落としをするのである。
そうなるとメールすんのが面倒になってしまう。

はぁ、今日のこの日記もわかりづらい人も大勢いるんだろうなぁ。
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夜中3時に父からの電話で起こされる。体調不良の訴え。5時に薬を飲ませる。

外はまだ群青色。空は少し明るくなってきたばかり。
あまりにキレイな色合いだから、パチリと撮る。
 父がTwitterを始めた。
日中、1人でテレビを見ているだけではやっぱり面白くないだろうし、刺激もない。健康だった頃、Twitterを始めようとアカウント設定にチャレンジしたものの、どうにも英語の説明に手を挙げ諦めた経緯があったので、アカウント設定だけはお手伝いした。

最初の2日くらいはほったらかしだったけれど、一昨日あたりからぽちぽちとつぶやき始めた様子。60歳で覚えたタイピング、しかも70歳あたりでかな入力からローマ字入力に切り替えた人なので、さすがに半年以上の入院期間にだいぶ忘れてしまった部分もあり「長音のーが出て来ない」「漢字にならない」などのトラブルもあり、文章を打つのはだいぶ遅いけれど、ブログよりも入力できる文字数が140文字と制限されている方が気楽なようだ。

そして、今宵は庭でとれたカボスを使って、さんまの塩焼きが食べたいとの心のつぶやきを拝見、あわててメニュー変更、さんまを買いに走る娘。